22年前のことを懐かしく思い出しています。

54歳 学生してます。
32歳の時に生まれた娘は現在大学4年生。就職も決まり子育てもひと段落したので、自分の人生を考えようと学生してます。

子供を授かった時期

子供を授かったのは結婚してすぐのことでした。

2年間付き合っていた彼とは結婚願望はそんなになかったのですが、ある日私が突然「子供が欲しい!」と心の底から思えるようになって、そのことを彼に伝えたら、『じゃ、結婚する?』となり、即結婚。

年齢も若くなかったので、両家の両親も結婚に大賛成だったのはありがたかったです。

幸い、結婚してから3か月ぐらいで妊娠しました。

とてもラッキーな妊活ではあったと思いますが、この3か月間なるべくストレスをためないようにして、いつも笑っていることを心がけてはいました。

旦那さんもとても協力的だったのがありがたかったです。でももう少し妊活期間が長くなっていたら、排卵日だけっていう風にはならなかったかも。。。。
(あんまりすると、精子の元気がなくなるって先輩から聞いていたので。医学的な根拠は全くないので気持ちの問題かもしれなかったですけどね。)

妊娠前と妊娠中に気を付けたこと

結婚前は、お酒もたばこも大好き!二人で、宴会大好きでしたが、子供を作ろうと思ってからは、お酒は断酒。

たばこについては、産婦人科の先生に相談したところ、

『煙草を吸わなくてイライラすると血管が収縮して、たばこを吸ったのと同じ現象になるんですよ。なので、ストレスがすごくたまるのであれば、本数を制限すれば、大丈夫ですよ。』と言っていただき、一日5本ぐらいに減らしました。

胎児に悪影響があることはできる限りの範囲で気をつけたかったですからね。

その他に、特に自分から制限したつもりはないのですが、インスタントラーメンやファストフードのハンバーガーも一切食べたくなくなりました。自然と、子供に悪いことを避けていたのかもしれません。

妊娠9か月の時に突然、カップラーメンを食べたくなって、妊娠中まったくカップ麺を食べていなかったのを初めて気づいたぐらいです。

結婚の一番の動機が『子供が欲しい』ということだったので、結婚してからは、夜の営みを楽しむというよりは妊活一直線!という感じでした。

体温を毎日測って、排卵日の朝直撃。それ以外の日はなるべくしない。終わった後は、腰の下に枕を置いて、腰を高くして、精子が流れてしまうのを防ぎました。

味気ない感じはしましたが、赤ちゃんが欲しかったので一生懸命でしたね。

妊娠中のこと 

娘が生まれたのは、1995年。阪神大震災と地下鉄サリン事件の年です。

妊娠中『この子が育っていく時代はどんな風になっているんだろう。子供を妊娠できない人が増えているけれど、それはこれからが生きていくが過酷な時代になるのを象徴しているのではないだろうか』と不安になったのをはっきりと覚えています。

マタニティーブルーにもなり、妊娠中に泣き続ける日々が続いたこともありました。

5か月ぐらいからは気持ちも安定していたんですが、妊娠8か月の時に、娘は何度も私のおなかの中で動き周り、逆子になっていました。

担当の産婦人科医は『逆子でも普通に出産できますよ』とおっしゃっていたんですが、妊娠9か月の時に突然痛みと不正出血があったので、病院を市民病院に変えて診察してもらったところ、『胆石があるかもしれません。年齢的にも帝王切開にしたほうが安全だと思います』と言われたので、市民病院で帝王切開で出産をすることにしました。

出産後、『へその尾が3重に首に巻き付いていたため、自然分娩では、母子ともに危険だった。』とお医者様から言われ、びっくりしました。

結局胆石は見つからず、妊娠9か月の時の激痛の原因は不明ですが、あれは娘が『お母さん、私、生まれたい。帝王切開にして』と叫んでいたのではないかと思っています。

生まれるべき子供はこれほど生命力があるのかとも思いました。

この子なら、どんな時代も生き抜いていってくれると信じています。

これから赤ちゃんを欲しいと思っていらっしゃる方へ

生まれてくるべき子は必ず授かります。 

ストレスをためないよう気を付けて、妊活を楽しむぐらいの気持ちで過ごしてください。

かわいい赤ちゃん授かられますこと祈っております。

<PR>

メニュー